10年前の自分
今週のお題「10年前の自分」
この題目を機に,10年前を思い返してみた.
10年前,私は14歳.
中学2年生.
人生で初めて好きな子に告白をし,振られた.
告白の方法は手紙を靴箱に入れているパターン.
しかも手紙が結構適当で,便箋にシンプルに「好きです,付き合ってください」とだけ書いてあり,またほかの便せんで封筒を作り,それに入れたという.
しかもその便箋の封止めは某ロボットキャラのマスキングテープという(笑)
めちゃめちゃ雑いね(笑)
今思い出してみるとめちゃめちゃ恥ずかしい.
一回振られてそのあと全くコミュニケーションとっていなかったのにもかかわらず,数か月後,また同じ手法で同じ人に告白をするという.
まぁ,また振られたんだけど.
1年後,偶然であるが同じ高校に進学することとなった.
高校生活では1度も話すことはなかった.
思ったこと言えないなあ
なかなか思ったことを口にすることができないなぁ,と.
原因として
- シンプルに表現力不足
- 自分の意見を言って,それに意見されるのが怖い
- なんか言い合いとか議論になり,絶妙な雰囲気になるのが怖い.
それをするくらいなら,自分が相手の意見を素直に聞き入れるのが手っ取り早い.
が今頭に思い付いた.
特に親に対してそう思うことが多い.
ただ,今の僕はそれだけでなく身の回りの人ほとんどに対してそう思ってしまっている気がする.
恋人にすら心の底からの本音を話せていない気がする(本当に申し訳ないが).
本当の自分を見せるのが,なぜか恥ずかしくも感じるし,怖くも感じる.
自分の思っていることを話して,それに対してその人がどう思うのか,を考えると怖くなる.
ただ,話すのが怖いと思う内容はその相手によりけりで,Aさんに話すのが怖いと思ってしまう内容でも,Bさんには普通に話せたりする.
これは結構その話し相手がその話したい内容について,自分より長けているかどうかが判断基準になっている気がする.
つまり,自分よりその内容に詳しい人に話を打ち明けるのが怖くて,それはなぜかというと自分がその話している内容について知識が薄いにもかかわらず,さもそれについてよく知っているかのように振る舞い,その様子をあざ笑われるのを恐れている.
そういうことな気がした.
弱音なんかもそう.
相手のほうが頑張り屋さんや精神的にタフな場合,自分がこの程度で悩んでいるなんて思われるのが怖くて,正直に話したり相談することができない.
しかし,相手の人は本当にそう思うのだろうか?
という問いに対しては,そう思う人もいるだろうし,そう思わない人もいる,というのが正解だろうか.
だとしたら,その人の性格を自分なりに判断すればよい.
そして相手がもし,自分の浅はかさをあざ笑おうとする人なら,付き合いをやめればよい,それだけのことではないだろうか.
別にすべての人と仲良くする必要はないのだから.
また,恐らく自分が人から話をされて,相手の考えが浅はかであるように感じたとき,馬鹿にしてしまうタイプなのではないか?
だから,相手も同じように思考すると思ってしまい,それを恐れてしまっているのではないか?
なんか少し心当たりがある.
例えば,周りの人が何かについて誤った知識で話をしているところを見つけた場合,私は心の中でそれ間違っていると思いつつも,絶対に言わず「~なんだけどな」と思うだけとなっている.
これを自分なりに変えていけばよいのではないか?
このような場面で,自分が思っていることを素直に口に出していく癖をつけていけば,自分が心の中で馬鹿にしたりあざ笑ったりすることがなくなっていく.
そうすれば人を信頼することにつながり,自分の意見も言いやすくなっていくのではないだろうか.
ちょっとしばらく試してみようではないか?
あー,今日ブログ書いてよかった.
これを書いていて思ったが,自分ってなかなかに卑屈な考えを持っていたなと思うし,この考えでは生きづらいだろうと思った.
だって,周りの人間は基本的に自分を貶めようとしている,という考えを持っているのだもの(大げさに言えば).
変えていきたいね,この考え方・・・
もう年も暮れですね,大学院も終盤ですね
こんにちは.
もう12月中旬ということで,年も暮れとなり,ひいては大学院生活も残り4か月を切りました.
思えばよくここまでやってこれたな,と思います.
ここまでくるとですね,最後まで走りきらないといけないんですけど,なぜか急にやる気が落ちてしまう現象.ないですか?
マラソンのゴール目前で「あぁ,よく走ったな.もういいか.」っていう気持ちになるやつ.しかもですね,丁度そのタイミングでインフルエンザに罹患いたしまして,約1週間研究室を休むという事態が発生いたしました.
最悪ですわ.
うひゃあ.
頭も痛かったし体もだるかったし集中できひんかったので,どうせ研究もできないから休めてちょうどよかったのですが,これにより急激にやる気がそがれます.
まぁ,あとちょっとなんで何とかやりきるしかないですね.
またですね,正直早く学生とかいう立場から脱してですね,家も出てですね,独り立ちしたいってずっと思っているんですね.これも働き出してもしばらくはお金もないからまだかなわぬ感じなんですが,あとちょっとで手に入ると考えると早くほしい,という気持ちがどんどん強くなってきて,もうそのことばっかり考えて何も手につかん,といった感じなんですわ.
学生に戻りたいなんて言っている社会人はたくさんいますが,こちらからすると何を贅沢なことを言っているんだいと,思いますね(ないものねだりですね).早くおとなになりたいです.とはいて年を食いたいわけではなく,自立能力を持ちたい,といった感じですね.
早く卒業したいなぁ
自分の意見やこだわりがない
進路を決めるにあたり、いろいろ考えた。
自分のことを第一に考えて決めている(と心では思っている)が、実際は周りの声も少なからず無視できないわけで、「自分で決めた」と思っていてもホントはどうなんだ?と思ってしまう。
昔から特に物事にこだわりはなく、なんとなく周りに合わせていたような気がする。
やりたいことをやっているつもりでも、周りに影響されて、部活や進学先なども決めてきた、ように感じる。
心のなかで自分で決めてきたんだと言い聞かせている、気がする。
そんなんで、自分に自信が持てないし、会話をするのも恥ずかしくなる。
中身のない人間。そんなふうに思えて虚しくなる。
自分に自信を持ちたい。どうしたらいい?
向いてることとは?
自分が今まで向いていないと思っていて、で、いざやってみても他にももっとすごい人がいて、やっぱり自分には向いていないなって思っていたんだけど、
自分のことを指導する立場にある人が僕に対して向いているって言ってくる
それはそれで嬉しいんだけど、頭がバグる
なぜに??って
ただ僕よりはその道を極めている人だし、信じてみようかなって思う
将来どうしたいのか
修士2年である。
6月てある。
ちょうど内定が出た。
なかなか良いところだとは思っていたし、まぁやりたいこと?もできると思っていたため、内定を承諾した。
ただ、やはり「ん?」という感覚も残る。
というのも僕はこの就活において、結局第一志望の会社というものができなかったからだ。
具体的に何がやりたいのかも結局絞りきれなかった。
やりたいこととして掲げていたものは「ロボットと人間が共生する社会の実現に貢献したい」「そのためにAIの分野でロボットに関連するソフトウェアエンジニアをしたい」この2つだった。
この思いの根底にあるのは、僕が理系を目指すきっかけになった某猫型ロボットを作りたいという思いである。しかしこれがどれほど本気なのかと言われると、自信がなくなってしまう。ほんとにほんとに本気ならば、なりふり構わず就職なんかもせず研究者を目指すなり自由に開発ができる場所を探していて、就職なんかしないだろうし。
だから本気ではなかったのかと言うよりか、本気度が低かったのかもしれない。だって実際思ってはいるし、興味もあるから。できるんならやりたいとは思うから。こりゃぁ本気ではないな。
そう、本気ではなかったのだ。なのに自分が本気で取り組んでいるかのように思い込み、周りにもそう言うふうに見せようとしてしまっていたから自分の思いとのギャップに少し気になる部分があったのかもしれない。
じゃあ僕が本当にやりたいことは何なのか。このまま就職すると好きな人との遠距離がさらに終わりが見えなくなる。さらに自分が本気でないことにも気付いてしまったら、そんな思いで仕事をしているやつのところに来てくれなんて言えない。このままだとそっちの方も後悔しそうになる。
やりたい事のようなそうでないこと(仕事)を優先するのか、プライベートを優先するのか。
自分がどうしたいのかをハッキリさせないと、後悔が生まれるのだと実感し始めている今日この頃。